ジュビロ磐田
ジュビロ磐田
1994年Jリーグ加盟。会社はヤマハ発動機など地元磐田市周辺企業が出資して設立された。正式な会社名は株式会社ヤマハフットボールクラブ。ホームタウンは静岡県磐田市。ホームスタジアムはヤマハスタジアム(旧・ジュビロ磐田スタジアム)。練習は同市内にあるヤマハ大久保グラウンドと、隣接する磐田スポーツ交流の里・ゆめりあが使用されている。チーム名の「ジュビロ」はポルトガル語(Jubilo)・スペイン語(Jubilo)・イタリア語(Giubilo)で歓喜の意味。
1992年末にJリーグ準会員に加盟。1993年にJFL1部で準優勝し、1994年からJリーグ昇格。元日本代表監督ハンス・オフトを迎え、オランダ代表ファネンブルグ、元イタリア代表スキラッチ、ブラジル代表ドゥンガなど大物外国人選手の補強が相次いだが、次第に日本人選手の育成にシフト。レギュラー選手を固定化することで高度なチーム連携を実現。
1997年の2ndステージで初優勝。チャンピオンシップでは、この年のリーグ戦、ナビスコカップを通じて4連敗中だった(しかも直前のナビスコカップ決勝第2戦では1-5の完敗)鹿島アントラーズを中山雅史の活躍により破り初の年間王者に輝いた。1998年は爆発的な攻撃力により1stステージ優勝、2ndステージ2位、ナビスコ杯優勝の成績を残すも、チャンピオンシップで鹿島に昨年の借りを返され連覇はならなかった。この年のリーグ戦で記録した年間107得点(1試合平均3.15点)、得失点差プラス68は現在も破られていない。1999年は1stステージの優勝によりチャンピオンシップに出場し、清水エスパルスを破り2度目の王者に輝いたものの、2ndステージは12位に終わっており、中山らは「年間を通して安定した戦いをしたのは清水だ」と語っている。この年はアジアクラブ選手権にも出場(優勝)しているため過密日程だった。
2000年はステージ優勝はなかったものの、ゼロックススーパーカップで初優勝。年間順位は4位だったが純粋な勝ち点による順位は柏レイソルに次ぐ2位だった。2001年は開幕8連勝の勢いで1stステージ優勝。2ndステージも好調で初の完全優勝を期待されたが鹿島に次いで2位に終わる。チャンピオンシップではその鹿島と激闘を繰り広げたが延長の末敗れる。ナビスコ杯も準優勝だったため、圧倒的な年間成績(26勝3敗1分)にもかかわらず無冠のシーズンだった。2002年は前年の悔しさを晴らすべく勝ち続け、遂にJリーグ史上初のリーグ戦前後期優勝を成し遂げた。この年の年間成績は昨年と全く同じだった(26勝3敗1分)。ベストイレブンには94年のヴェルディ川崎に並ぶ同一チームからは史上最多タイの7人が磐田から選ばれた。余談ではあるが、当時アジア最高の中盤と呼ばれた、いわゆる「N-BOX」による華麗なボール回しによって、Jリーグでの圧倒的なまでの強さを誇っていた事や(01年、02年は年間総合順位で2位に勝点15以上の差をつけた)、ACLの前身であるアジアクラブ選手権で3年連続決勝進出(ACLを含めてこの記録は破られていない)を果たすなどの実績から、この時期のジュビロ磐田をJリーグ史上最強のチームであるという意見は未だ根強い。
2003年は鹿島に代わる新たなライバルとして岡田武史率いる横浜F・マリノスと覇権を争った。開幕戦でいきなり両者が激突し横浜が4-2で快勝した。結果的にこの試合がシーズン最終戦まで響くことになる。1stステージは横浜に勝ち点1及ばず2位。2ndステージは14節の時点で首位に立ち、横浜との最終戦を迎える。磐田は引き分けでも優勝が決まり、しかも横浜が10人で有利な状況だったが、1-1の後半ロスタイムに久保竜彦に劇的な決勝点を決められ敗れる。この結果横浜、磐田、市原が勝ち点で並んだが得失点差で横浜が2ndステージ優勝。同時に昨年の磐田に続くリーグ戦前後期優勝を達成した。磐田は年間成績で勝ち点1差の2位。ゼロックススーパーカップと天皇杯を制しタイトルは獲得した。
2004年の1stステージでは昨年に続き横浜と優勝争いを演じたが勝ち点2差の2位に終わり、横浜が3ステージ連続優勝の快挙を成し遂げた。この1stステージの2位以降、磐田はリーグ戦では優勝争いから完全に遠ざかることになる。名波浩(現:東京ヴェルディ1969)や、藤田俊哉(現:名古屋グランパスエイト)など、優勝に貢献した中盤の選手の平均年齢が上がったこと、育成を重視し補強に積極的ではなかったことなどから、2004年の2ndステージでは13位と低迷。2005年にはジェフ千葉から村井慎二や茶野隆行のふたりに加え、デンマークリーグ・ノアシェランで不遇を託っていた日本代表GKの川口能活を獲得するなど、久々の大型補強を敢行してストーブリーグを沸かせた。しかしベテランと若手をうまく融合させたアグレッシブなチーム、とまでは至らず、早々と優勝戦線から脱落した。この年、結果的には年間6位とまずまずの成績ではあった。
だが、2006年もワールドカップによる中断までの順位は暫定11位(ガンバ大阪がACLに参加した関係で消化試合数が1試合少ない)と低迷した。更にナビスコ杯準々決勝で敗退(6月8日)した直後に2004年2ndステージ途中から2007年までの3年契約を結んでいた監督の山本昌邦が辞任。五輪日本代表監督だった山本は磐田でのコーチ経験も長く、磐田にとっては切り札的存在だっただけに任期途中での辞任は残念な結果となった。後任には黄金時代に選手として所属し、ブラジルの若手監督として評価を高めつつあるアジウソンをコーチ陣と共に招聘し、巻き返しを図った。アジウソンの采配は日本では通用しないと名波浩などに酷評されたものの(例えば、守備時にはボランチをリベロの位置まで下げてプレーさせるというものなど)、結果としては浦和レッズ、ガンバ大阪、川崎フロンターレの上位3チームを撃破するなどして、5位浮上を成し遂げた。仮に2シーズン制であれば2ndステージ2位と順位では大健闘である。しかし後述する若手の起用もあってか、90分間一本調子になる傾向や内容の伴わない試合も多く、立て直し途上の感も強い。
最近はメンバーの若返りを見据えた方針から、ジュビロの黄金期を築き上げた選手達(ベテラン)の流出が目に付く。例として藤田俊哉(現:名古屋グランパスエイト)、名波浩(現:東京ヴェルディ1969)、服部年宏(現:東京ヴェルディ1969)、福西崇史(現:FC東京)等が挙げられる。しかし、その一方で若返り策は一定の効果を示しており、特に、カレン・ロバート、前田遼一、太田吉彰、犬塚友輔、菊地直哉、上田康太等の選手は徐々にレギュラーに定着しつつある。
「サッカー王国」といわれる静岡県の中でも傍流である西部の一地方都市に拠点があること、また親会社であるヤマハ発動機が健全財政を方針としていることもあり、資金面では必ずしも恵まれていない。日本人選手育成にシフトしたり、積極的な補強を2005年まであまりしてこなかった背景にも、資金面での問題が影を落としている。それでも多くの有力な新人選手を獲得しているが、上記のように現在クラブは過渡期に差し掛かっており、2003年天皇杯を最後にタイトルから遠ざかっている。
磐田はJリーグのMVPを4人(97年ドゥンガ、98年中山雅史、01年藤田俊哉、02年高原直泰)、得点王を3人(98年中山雅史、00年中山雅史、02年高原直泰)輩出している。いずれもチームとしては最多である。さらにリーグ通算の勝利数で鹿島に次ぐ2位(勝率は1位)、ステージ優勝6回とJリーグ史上最も成功したチームの一つであると言え、Jリーグの創生10クラブ、いわゆる「オリジナル10」以外でステージ優勝・年間優勝を経験しているのは磐田のみである。ただリーグ戦では年間を通して圧倒的な成績を収めるものの、カップ戦などの短期決戦に勝負弱いイメージがあり、事実、前後期制覇を成し遂げた2002年でさえも、ナビスコカップでは鹿島の前に敗れた。天皇杯に関しても03年、04年と連続で決勝に進出したが、黄金時代真っ只中の97年〜02年の間は決勝に進出したことはなく、ベスト4に残ったのも1度だけである。そのため鹿島やヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ1969)に比べてタイトルの獲得数は少ない。鹿島とは長らくライバル関係にあったが、直接対決は圧倒的に分が悪い(9勝17敗4分)。しかし鹿島が苦手にしている清水には通算成績上は相性がいい(18勝10敗2分 但しここ数シーズンは清水に殆ど勝てていない)などチーム別の対戦成績で磐田に勝ち越しているのは上記の鹿島のみである。タイトル獲得数では及ばない鹿島にたいしても、過去Jリーグ14シーズンのうち年間総合の勝点では磐田の方が上回った年が9回あり、安定した成績を残してきたことの裏付けといえる。事実、年間総合順位はJ参入元年の94年の8位が最低であり、それ以降は6位より下に落ちたことはない。
チームの大黒柱として多くのファンに愛されたMF福西崇史が、前年より大幅減で提示された年俸への不満およびアジウソン監督とのサッカー観の違いを理由に退団、2007年1月22日FC東京に加入した。チーム屈指の人気を誇った福西の移籍により、サポーターの減少によるチケット収益、グッズ販売収益等の大幅減収が予想され、今後のチーム運営に影響を及ぼしかねない深刻な損害も懸念される。現にヤマハスタジアムやアウェイ戦でのジュビロ側応援席を見ると、昨年より明らかにサポーターが減っていると言う事が目に見えて分かる。
地元での「いわた」は、「い」にアクセントを付けて発音されるが、放送局でジュビロ磐田を紹介する際は、平滑に発音される為、地元で呼ばれる表現と異なってしまうことが多々ある。標準語での発音が正しいと認識されてしまう為、現在でも間違ったまま表現される事がある。
女子サッカー「ジュビロ磐田レディース」(静岡県西部リーグ)、フットサル「ジュビロフットサルクラブ」もあり。
ここ最近は親会社ヤマハ発動機の無人ヘリ輸出事件や、菊地直哉選手の淫行容疑逮捕など不祥事が相次いでいる。